【母乳育児】日本の授乳問題むかしの話を中心に。

 

‘60年~’80年、【母乳×→人工栄養】から【人工栄養→母乳◎】にやっぱり戻った。

 

昭和10年代まではブラジャーの着用はメジャーなものではなかった。

 

ブラジャーは趣味的なモノから、補正するとかいろんなモノが存在するが、昭和10年代まではつけている人は少数派だったようです。(都会の方ではちらほらいたそうです)

 

 

理由としては、「昔の人は胸をぎゅうぎゅうしめると子供が産まれたとき、母乳が出なくて困るようになる。」と伝承されていたため。

 

 

個人的意見として、最近では全裸睡眠法は健康になるということも言われていて、

女性の場合カンジタにもかかりにくくなるということも言われているし、

下着をつけることで血流やリンパの流れが悪くなるということも考えられるので、

今の人たちがブラジャーを着用したことによって母乳が出にくくなっているのと関係があるのかもしれない。

 

 

・青森・富山県など 出産後、腹帯を固くしめると母乳がよくでる。

・胸部を締めると出なくなるという伝承がある。

この、産後腹帯を固くしめると母乳がでるということに共通して、

整体でも産後床上げが上手にできたら母乳の出も良くなるし、美容にもなるし、体質改善もすると伝えられている。

出産のときに脳下垂体から分泌されるオキシトシンというホルモンが子宮を収縮させ、出産を促すが、このホルモンは授乳の際にも乳腺を収縮させてお乳を出すようにする。

 

このことからも、子宮の収縮と骨盤の開閉には関連性があり、

 

母乳の出る出ないは骨盤の問題が大きく関係しているとしている。

 

また、「胸部を締めると出なくなる」ということも、野口整体によると産後すぐの夫婦の生活は、

呼吸器を壊すと考えられている、腕の使い過ぎや水仕事などをすると母乳の出が悪くなるとしている。

 

 

ここからが本題で、’60~’80年の日本の母乳育児が大きく変わった。

 

このとき、ちょうどアメリカは女性の自立を推進する運動が盛んで、母乳育児は近代的な女性にふさわしくないという風潮が出た。

 

 

いわゆる「インテリ」な人たちが声を大にして、母乳を与えることは女性の地位を低くするという考えを持ち、近代的な私たちとは違い母乳育児をしている人達は文化程度が低い習俗だという風説を流した。

 

なので、インテリな人達やそれに続いた人というのは、母乳を与えず、人工栄養で子供を育てるというスタンスをとった。

 

(母乳を与えないというのがステータス・シンボルになっていたというのを聞くとそれくらい、女性の地位は軽視されそれに抗うことで、本来の育児よりも、「女性」として見られないようにする工夫が必要だったのだなと感じた)

 

後は今でもそうだけど、胸の形がくずれることを懸念して人工栄養を選ぶという人も。

 

しかし、’80年代に入ると母乳育児は母と子の心身両面から母乳の良さが認められ、

授乳は母性意識を刺激することから’60年の価値観から逆転した。

(母乳だけにしかないヒトオリゴミルク糖もありますし)

 

 

余談ですが、たしかに母乳育児に戻る傾向があったが、

かつて乳児には「母乳しかない」という考えから、

ミルクの品質も向上し人工栄養でも育てることができることがわかり

母乳育児がいいのは判っているが、やむ負えず(母乳がでない、仕事など)ミルクを選択する人も増えたというのが’80年頃の実態。

 

 

 

 

野口整体が推奨していた産後の初乳の与え方は元々あった習俗からきているからもしれない。

 

 

野口整体では、初乳を与えるのは胎児が胎便を出した後に与えることを基本にしていた。

カニババ(胎便)を出したか出さなかったかで子供の将来の健康状態を左右すると考えており、出さなかったら麻疹がひどくなったり、体中にオデキができたりすると考えられた。

 

日本の習俗としてもカニババ(胎便)を出してから、初乳を与えるということが普通だった。

愛媛県宇和郡地方では、産後3日目まで初乳を与えない

この間、生児は五黄の煎じたものを飲ませて3日間もたす。

胎毒おろし、毒下しといいこれでカニババを排出

カニババ(胎便)が出た後に、初乳を与える。

 

 

病院出産以前、助産婦による出産以前には授乳は出産後2日ないし3日はしないというところが多く、約10時間で乳をあげてしまうのは早い事例とされていた。

ほぼ全国的に3日目ぐらいから初乳を与えていたとのこと。

 

全国的に共通しているのは、出産直後、生児の口の中をきれいにし、蕗の根を煎じたもの、あるいは五黄という漢方薬を煎じたものを、晒などにひたして吸わせている。

これで俗にいうカニババ(胎便)が出、それから乳をのませたという報告が多い。

 

整体では胎便を出す方法として、レモン水を一滴落としたものを与えて胎便を促す、操法的にいえば、20時間~24時間何も与えないで掃除活点に愉気をする。

 

 

昔、母乳の出をよくするとされていた生活の工夫

 

昔の人が母乳を出るようにする生活の知恵としてある食材を食べることや祈願したりといったことをしていた。

食生活では、鯉や鮒、コチなど骨の硬い魚の味噌汁を飲んだり、牛蒡、筍、蓮根、など根菜類の味噌汁。

糯米で作った甘酒、あるいは粥、ダンゴ。

また、胸の形がお椀型だと乳の質がよいと考えられていていた。

 

今の時代のように、母乳に変わる物がなかったので食べ物を粗末にするなと同じように、「お乳を粗末にするな」と言われていた。それくらい重要視していた。

野口整体では、お乳を上げた場合残りは捨てて、また新たなお乳で赤ちゃんを育てよう。という考え方だった。母乳が分泌されてくるのも赤ちゃんがお腹が空きだすタイミングの波と同じなので惜しまず出してしまおうと。

 

(昔は、捨てるというよりも貰い乳をする習俗があったので余るというのは少なかったのかもしれないが)

 

 

まとめ

母乳は子供の生命、養育に大きく関わることから今より昔はさまざまな習俗があった。

現代科学的にはどうか?というものもあるが、当時の衛生や生活環境から人々が工夫をしてそうして知恵が全国的に伝承されていた。

 

参考文献:日本人の子産み・子育てーいま・むかしー 勁草書房 1990年 著者:鎌田久子・宮里和子・菅沼ひろ子・古川裕子・坂倉啓夫

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